民話の森叢書8 ペローの昔話集 ―知識人の教養と民衆の伝承― 上
マルク・ソリアノ(著)
諸岡保江(訳)
樋口仁枝(訳)
笹本弘(訳)
樋口淳(訳)
発行:民話の森
発行:民話の森
ISBN:978-4-910603-45-2
C0039 四六判 532ページ
本書の内容
サント=ブーヴ賞を受賞したフランスの文学研究者マルク・ソリアノの記念碑的学術書の全訳。
「赤ずきんちゃん」「眠れる森の美女」「長靴を履いた猫」などを収めたシャルル・ペローの『昔話集』は、世界でもっとも広く知られたフランス語のテキストでありながら、その成立事情には多くの謎が残されてきた。物語の真の作者はペロー本人か、それとも息子ダルマンクールか。口承の民話はいかにして文学作品へと昇華されたのか。著者ソリアノは、ペローの昔話を単なる児童文学としてではなく、文献学・民俗学・社会学・精神分析といった人文諸科学を総動員して解明すべき「謎」として捉え直した。
上巻では、作者をめぐる論争史を精緻に検証したうえで、各昔話を一篇ずつ分析。赤ずきんの「赤い頭巾」やサンドリヨンの「ガラスの靴」といった象徴的モチーフが、読者の心をつかむためのペロー独自の技巧であったことを明らかにする。また、17世紀末フランスの飢饉や農民反乱といった過酷な社会背景が物語にいかに反映されているかも浮き彫りにされる。巻末にはペロー自身の『回想録』と略年譜を収録。
【版元による解説 (民話の森)】
シャルル・ペローは不思議な作家です。彼の昔話集に収められた「赤ずきん」「眠れる森の美女」「サンドリヨン(シンデレラ)」などの物語は、絵本やテーマパークでおなじみで大人も子供も誰でも知っているのに、その作者のことは誰も知らないのです。
実は、ペローは十七世紀のルイ十四世の時代にコルベールに仕えた宮廷人でしたが、パリ生まれの典型的なブルジョワでした。彼はアカデミー・フランセーズの会員であり、ボワローやラシーヌとの新旧論争では新しい時代を擁護し、その哲学はヴォルテールやダランベールの百科全書に受け継がれた進歩的知識人の先駆けでした。
著者のソリアノは、サルトルも学んだエコール・ノルマルを首席で卒業した秀才でしたが、児童文学に深い関心を抱き、民俗学、人類学、歴史学、社会学、経済学、そして精神分析学を駆使して、ペロー昔話の研究に着手しました。
上巻第一部では十七世紀の文芸サロンに集う人たちの間で妖精物語がどのようにして生まれたかを明らかにし、第二部では民俗学者ポール・ドラリュの研究を踏まえて、ペロー昔話集の十一の話を丹念に分析しています。
以上のようなペローの足跡と彼の語った昔話の理解を助けるために、上巻には彼の「回想録」と略年譜が訳出されています。
目次
訳者まえがき
はじめに
■第一部 困難な探究
◆第一章 ある古典作品の驚くべき状況
1.もっとも広く知られたフランス語のテキスト
2.批評研究の行われなかったテキスト
3.テキストのないテキスト
4.作者のいないテキスト
5.読者なきテキスト そのことによるもう一つの問題
6.文学史の中のもっとも奇妙な作品群の一つ
7.素材の系列または論拠の系列
◆第二章 十七世紀における「昔話集」の刊行とその作者についての疑問
1.先決すべき問題
2.韻文で書かれた昔話
3.散文で書かれた昔話の出版事情
4.「眠れる森の美女」の混乱した状況
5.ダルマンクールが作者であると信じる人々
6.それを疑う人々
◆第三章 ペローとその伝説 古典主義的な誤りとロマン主義的な誤り
1.二人の作者の存在とその変遷 ダランベールの「ペロー賛美」
2.『妖精の小部屋』の注
3.ワルクナールの論文とバルザックの余談
4.民族的な目覚めと「昔話集」
5.さまざまな「決定版」の登場
6.批評の一人歩き ドラリュによるフロムの批評
◆第四章 現代の研究
1.伝記的で学術的な研究の寄与 ペローは「昔話集」を恥じていたのか?
2.フランスにおける民間伝承研究の刷新
3.一六九五年の手稿本
◆第五章 実際に起きたこと
1.時系列にデータを整理する
2.レリティエ嬢とは誰か
3.ルノーブル事件
4.ショワジィ事件
5.借用語と加筆された引用
6.レリティエ嬢と『メルキュール・ガラン』誌
7.「散文による昔話集」の作者の問題
8.二つの新事実 方法の問題
■第二部 民間伝承の領域
◆第一章 書承と口承の資料(ソース)
1.再話の再話
2.「昔話集」のイタリアの資料
3.フランスの資料
4.〈おばあさんの昔話〉
5.一六九五年の手稿本の二つの重要なディテール
6.民俗学の方法と〈原初的モチーフ(trait primitif)〉という概念 原初的な構造と歴史的な指標
◆第二章 十七世紀末の農民層と民間伝承
1.つらい時代
2.農民の反乱の形態
3.限定的な自覚
4.農民の信仰と迷信
5.未分化だが生活に不可欠な、大人向けの芸術的表現としての民間伝承
6.共通言語としての民間伝承に関するパトリス・コワローの指摘
7.民間伝承とその〈緊張〉
8.考証研究の限界
◆第三章 グリゼリディス
1.ペローはボッカチオではなく行商本をもとにしている
2.優れた文章家による〈脚色〉
3.グリゼリディスは信仰を深める
4.下着モチーフの削除
5.妻たちの忍耐と夫たちの忍耐
◆第四章 愚かな願い
1.フィリップ・ド・ヴィニュールの昔話か
2.愚かな願い、あるいはいかがわしい願い
3.ビュルレスクの発現
4.民衆的な文体の模倣
◆第五章 ロバの皮
1.バジーレの「雌熊」との類似
2.ペローはナポリ方言を知っていたのか
3.「ロバの皮」の他の書承資料 それらがいかにまとめられたかについての推察
4.金の糞をするロバ
5.様式化と表現の緩和
6.皮肉な魔力(Féerie)
7.文学通の作業
◆第六章 眠れる森の美女
1.一貫性に独特な感覚が
2.いつ王女を目覚めさせるのか
3.無意識の処女性と無垢の処女性 消失した民間伝承への忠実さ
4.巧みな簡潔さ
5.息子を矯正する父と父を矯正する息子 一つの作業仮説
◆第七章 妖精たち
1.〈記録された〉昔話という仮説に向かう議論
2.個人的方程式の最初の変数
◆第八章 サンドリオン
1.「灰かぶり猫」 バジーレの模倣は不可能か
2.鏡の働き
3.合理的なおとぎ話か、あり得ない嘘か ガラスの靴をめぐるばかげた論争
4.もう一つの知られざる個性 二つの混じり合った声
◆第九章 赤ずきんちゃん
1.「赤ずきんちゃん」という〈警告の昔話〉
2.昔話の遊び バターの小壺の不思議
3.言外の意味と貞淑ぶり
4.ピンの道と針の道 ベルとボタン
5.おまえを食べるためさ 赤ずきんちゃんの〈赤〉 繰り返さずに繰り返す
6.この暗い光
◆第十章 青ひげ
1.青ひげ―怪物か悪魔か
2.民間伝承に忠実であること
3.動物の使者 禁止(タブー)と好奇心
4.オオカミさん、そこにいるの? 瀕死のヒロインの最後の瞬間
5.アンヌとその分身
◆第十一章 長靴を履いた猫
1.「猫先生」の口承のヴァージョン いくつかの修正の意味 〈ドゥロール(Le drôle)〉
2.カラバ侯爵とルーヴォワ夫人の財産
3.鏡の遊び 女性の弱さ
4.変容と混交
5.長靴の噂
◆第十二章 親指小僧
1.バジーレの「ネニーロとネニーラ」
2.きわめてまれな逸脱
3.親指と粟粒の物語
4.枝に吊された木靴と粥 白帽子と赤帽子
5.恐怖のフェスティヴァル 〈距離を保つ〉努力
6.赤毛女(rousse)と赤毛男(rousseau) 七里の長靴の奇妙な特性
◆第十三章 巻き毛のリケ
1.文学作品か昔話か
2.アルベリックとリケ
3.同じ主題の三つの変奏曲
4.小さな悪魔
5.奇妙な忘れもの
6.しつこい巻き毛と控えめな双子
7.個別的な問題から一般問題へ
◆第十四章 排除されたテーマから選ばれたテーマへ
1.エペソスの寡婦の不貞
2.プシケの不可解な謎
3.禁じられた脱衣
4.再話は創作かもしれない
5.三つの注目点
6.一つの作業仮説
7.ペロー家の足跡
原注、略語表
【資料】ペロー回想録
【資料】ペロー略年譜

